2009年06月26日

2007年8月より表面化したサブプライムローン問題

2007年8月より表面化したサブプライムローン問題に端を発した世界金融危機はその後も幾度か小康状態があったものの、継続していた。そのような中、リーマン・ブラザーズ証券が2008年9月15日に連邦倒産法の適用を申請し、倒産した。さらに金融市場の混乱に対処するため策定された緊急経済安定化法が事前にアメリカ議会指導部と政府の合意があったにもかかわらず予想に反して9月29日にアメリカ下院で否決されるとこの日のニューヨーク株式市場ダウ平均株価は史上最大の777ドル下落した。


結局この法案は修正を加え、2008年10月3日金曜日アメリカ現地時間の午後1時に合衆国下院を通過し成立したが、それにもかかわらずこの日の米国株は後場急落し(欧州の金融機関の危機やカリフォルニア州の州財政の危機などが市場で蒸し返されたとされる)、翌週10月6日から10月10日の1週間は世界の株式市場で大きく株価が下落した。この週で日本の日経平均株価は、10月8日と10月10日には歴代上位[16]に入る下落率を記録したのを含め5日連続で2,661円(24.33%)も下落した。ニューヨークやロンドンなどの海外の主要市場も大きく株価が下落し、ロシアやインドネシアなど新興国の株式市場では閉鎖に追い込まれるなど、深刻な事態となった。

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これに対して10月8日には欧米の中央銀行が協調利下げに踏み切り、さらにアメリカのポールソン財務長官が記者会見で金融機関への資本注入を示唆したものの、株価の下落の流れが変わることはなかった。そして週の最終日の10日、ついに日本で日経先物の史上2回目のサーキットブレーカー発動、この日が特別清算指数算出日(SQ算出日)であったオプション10月限のプットがすべてイン、米国市場ではボラティリティインデックス(VIX、通称恐怖指数)と呼ばれる、株価変動確率の激しさを表す指数が、1997年のアジア通貨危機の約38、2001年の同時多発テロの約45を遥かに上回る、75を一時超えるなど、市場の混乱は頂点に達した。

(日付は、現地時間と日本時間が混じっています。また事件と報道がずれている場合があります。そのため事件の順番に矛盾があるので、利用の際はお気を付け下さい。=例えば、ある発表を受けて株価が暴落した場合でも、発表の方が1日後になっているところがありえます)

2009年06月10日

東京のテレビチャンネルでは告知の後

東京のテレビチャンネルでは告知の後、ジャンクション映像として君が代の演奏を一旦挟んで予備送信機に電波を切り替えてから(この間数秒画像が途切れる)次の番組が放送される。ラジオ第1放送の場合でも送信機切り替えの際、一瞬音声が途切れる(告知は当日担当の「ラジオ深夜便」のアンカーから入る。ただし関西、地方発の時は全国ニュースの宿直担当アナがコメントする)。ラジオ第2放送では月2回朝5時の試験電波発射より放送開始7分前から入る音楽(インターバル・シグナルという)の終了となる6時まで減力放送が行われている(NHKホームページのラジオ第2放送の番組表に「ラジオ第2開始音楽・減力放送のことわり」と書かれている時間帯で実施)。また、日中の時間帯(9:00?16:00)でもラジオ第2放送で減力放送を行う場合があるが、その場合はインターバル・シグナルを早めに切り上げ、告知にはいる。
ハンドボール
ジーンズ
衛星
フラダンス
白地図
計算化学
茶道
フットバッグ
年金
船舶工学
免疫学
フードテーマパーク
生活習慣病
映画史
スクエアダンス
化学工学
ストリートダンス
地球
人形劇
生態系

ラジオ第1放送の告知の例
当日担当の「ラジオ深夜便」のアンカーから「こちらは東京第1放送です。ただいまから放送設備の点検・整備のため通常の300KWから200KW(10KW)に切り替えて放送します。また、ラジオ深夜便はこの後1時からラジオ第1放送と同時にFM放送でも放送します。」となり、減力放送終了時は「ラジオ第1放送はただいまから300KWで放送します。(2回繰り返し)」とコメントしている。

近畿地方 [編集]
大阪放送局でも年に数回減力送信を行う場合がある。
始めに大阪放送局のアナウンサーから減力放送について告知があり、その後他府県のUHF放送で休止がある場合も大阪放送局から休止について告知した後でジャンクション映像(君が代演奏、動物などの映像)を挟まないで次の番組を始める。テレビの場合は送信アンテナの切り替えで数秒乱れたりする場合もある。またラジオについても減力送信開始時は電波を一旦数秒程度停波した後で次の放送が始まる。

※なお、減力放送を行うのはアナログ放送のみで、デジタル放送は通常の送信出力での放送または放送休止となる。

※場合により番組中またはジャンクション映像にテロップ表示にて告知が入ることがある(テレビのみ)。

2009年06月06日

大谷焼(おおたにやき)は徳島県鳴門市

大谷焼(おおたにやき)は徳島県鳴門市の大谷地区で作られる陶器である。寝轆轤と呼ばれる独特の轆轤を用いて制作される大甕で知られる。寝轆轤は相手が寝ながら足を用いて回す仕掛けで基本的に大甕作りは二人の呼吸が合っていないと作れない。尚、この大甕は阿波地方の特産である藍染めに欠かせない道具であり、藍甕と呼ばれる。
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大谷焼は元々、染付磁器が焼かれていた。だが、経営悪化で廃窯となり、これを藍商人であった賀屋文五郎らの手によって再興、信楽の陶工の協力もあって藍染の需要に見合った大甕を焼くことになったのである。明治に入ると化学染料の開発、生活様式の変化に伴い、藍甕の需要は激減、不振に陥った。それでも脈々と大甕作りは続けられ、今日に至っている。また、現在は壺、皿、徳利、片口、茶器などといった小物を焼いている窯も見られる。

2003年(平成15年)の9月に経済産業省指定伝統的工芸品となった。

2009年04月23日

トナカイ

トナカイ(アイヌ語:tunakkay、馴鹿、学名:Rangifer tarandus)とは哺乳綱偶蹄目シカ科トナカイ属に分類されるシカである。本種のみでトナカイ属を形成する。別名「カリブー」。

半家畜化された動物のため人為的な分布も多い。

アメリカ合衆国(アラスカ州)、カナダ、スウェーデン、デンマーク(グリーンランド)、ノルウェー、フィンランド、ロシア

和名であるトナカイはアイヌ語での呼称“トゥナッカイ”に由来する。北アメリカではカリブー(Caribou)と呼ばれる。当て字で“馴鹿”と書く。

形態
体長120cm-220cm。肩高90cm-150cm。体重60kg-300kg。シカ科で唯一雌雄共に角を持つ。オスの角の方がメスよりも大きい。オスは春に角が生え秋から冬にかけて抜け落ち、メスは冬に角が生え春から夏にかけて角が抜け落ちる。
ローン・葬儀関連よくばり生活情報
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専門学校・学習関連教育システム総合
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フレグランス・バストアップ関連美容全国通信COM
アサツキウェブ マネービジネスガイド
老人ホーム・グルメ関連住まい生活情報
薄毛・リフレクソロジー関連医学プラザ全国情報ガイド
家電・癒し関連通販プラザ全国情報ガイド


寒冷な環境から身を守るぶ厚い体毛をもつ。オスは繁殖期になると咽頭部の毛が長く伸長する。蹄は大きく接地面が大きいため体重が分散され、雪の上でも沈むことなく歩くことに適応している。

ツンドラ地帯に生息する。群れを形成し、季節によって大規模な移動を行う。天敵としてはオオカミ、オオヤマネコ、クズリ、ヒグマ等が挙げられる。

食性は草食性の強い雑食性で夏は草や葉、レミング等の小動物を食べ、冬は角や蹄で雪を掻き分けて下に生えた地衣類等を食べる。

繁殖形態は胎生で、4月から6月にかけてに1回に1匹の幼体を出産する。

2009年04月22日

末期ビザンティン建築の特徴

末期ビザンティン建築も建築的関心は修道院建築にあったが、そのほとんどは既存教会堂の増築・改築であった。この際、外部にナルテクス(廊下状の前室空間)か礼拝に供された通路状の建物が回され、ポーティコ(列柱のある玄関またはアーケード)付きの正面を形成することが多く、この形状はヴェネツィアからもたらされたのではないかとの指摘がある[30]。

ポーティコ付ファサードは、教会堂以上に住居建築に採用され、コンスタンティノポリスのポリフィロゲニトゥス宮殿(現テクフルサライ)にもこの形状が認められる。12世紀後期と考えられるこの宮殿は、3階建てでテオドシウス2世の城壁の間に建設され、中庭に面した北側と城壁に連続する南側にポーティコ付正面が認められる。

テッサロニキは、パレオロゴス朝初期に繁栄し始め、首都での停滞期の間も修道院に付随する建築活動が活発に行われた。そのため、末期のビザンティン建築を知る上で重要な建築物がいくつか残っている。1315年創建されたハギイ・アポストリ教会堂、同時代かそれより早い時期に建てられたと思われるハギア・エカテリニ教会堂は、ともに典型的な四円柱式内接十字型の教会堂であるが、三面がドームを頂く吹き放しのポーティコ状廊下で囲われ(現在では吹き放しではなく、ガラス戸が嵌め込まれている)、その四隅にドームを架けている。教会建築における、このような周歩廊の機能ははっきりせず、首都では墓所に使われたようであるが、テッサロニキではそのような機能は認められない。

1262年に東ローマ帝国に移譲されたミストラには、ミストラ型と呼ばれる教会堂が建設されている。パナギア・オディギトリア聖堂(アフェンディコ聖堂)はブロントシオン修道院の中央聖堂として使われ、その後ミストラに建設された教会の模範となった「ミストラ型」の最初のモデルで、1階は円蓋式バシリカ平面を持つが、2階は内接十字型平面を持つ特殊な形式である。13世紀にバシリカとして建設されたアギオス・ディミトリオス聖堂は、15世紀にミストラ型として改修された。
ステンレス トマホーク バスク ダンプカー スポード プラーク スタミナ メード オーダー ケーブル 浮き桟 ミシガン マイカ トレビ レーン ベニトアイト リップ シェフ コムサット スプラ チオノ タイト サフー ナウシカ パラレル マッカー しらさぎ ミュージア カフェオ バート ベリー レガシー きくすい ジェジェ ダイオプ チャツ フレンチキ ソフト トラコーマ アンデス スエズ 五節の舞姫 ギョーザ ステミン イバル オード ラップ ローマ フェルミ ヘマタ


ビザンティン建築は、ユスティニアヌス1世の時代における宮廷の建設事業によって急速に開花した。この時代の建築事情は、プロコピオスの『建築について』(De aedificiis )や現存する建築物、ハギア・ソフィア大聖堂やハギイ・セルギオス・ケ・バッコス聖堂、ハギア・エイレーネー聖堂などによって知られる。アーキトレーヴや柱頭に彫り込まれた植物装飾によって構造体からの独立性を強調するような、特徴的な細部のデザインもこの時代に確立されたものである。バシリカ型の教会堂では身廊と側廊を分離するために独立円柱が一定の役割を果たしていたが、ドームとバシリカのプランが融合されるに従って、構造体としての役割は角柱にかわり、オーダーはそこに付け足された装飾の一部としてしか機能しなくなった。ギリシア起原であるにも関わらず、中期以降のビザンティン建築では、オーダーはほとんど消滅することになる。

ビザンティン建築の構成
ビザンティン建築には多様なプランが認められる[31]が、以下の形式は全て教会堂に関してのものである。世俗建築がいかなる形式で、いかなる機能を有したものであったかは、初期の段階ではローマ建築とほとんど違いがないということ以外はわかっていない。これは、ビザンティンの俗建築がミストラ以外にはあまり残っていないことによる。ミストラの建築も多くはフランク人によって建設されたもので、これをビザンティンの世俗建築一般とみなすことは難しい。

バシリカ
すでに初期ビザンティン建築の項で説明した通り、初期のキリスト教徒は礼拝用建築物の雛形としてローマ建築のバシリカを採用した。このタイプの教会堂は、長期間に渡って広い地域で建設され続けた。いくつかの種類が認められ、代表的なものとして、身廊に高窓を持ち、木造小屋組みの屋根が架けられる「ヘレニスティック・タイプ」と呼ばれるバシリカがある[32]。ラヴェンナのサンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂やサンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂などがこれにあたる。大規模なものになると、旧サン・ピエトロ大聖堂、ルーマニアのトロパエウム(6世紀)、アギオス・デメトリオス聖堂、ピリッポイのバシリカBなどのように、トランセプト[33]を構成するものもある。

ビザンティン建築のバシリカ式として最も一般的なタイプは、身廊部分に トンネル・ヴォールトを架けた側廊のない、いわゆる単廊式バシリカで、「オリエンタル・タイプ」と呼ばれ[34]、12世紀にいたるまで建設され続けた。これはアルメニアの初期キリスト教建築などを起源とし、カッパドキアの岩窟修道院はこの流れを汲んでいる。

2009年04月05日

ビジネスマン

ビジネスマン(英:Businessman)とは、英語の原義では実業家や経営者だが、日本では特に営業を主とする交渉ごとに関わる会社員を指してもこう呼ぶ。古くは同じ立場にある人を指して営業マン(えいぎょう マン)・また商社に務めている人は商社マン(しょうしゃマン)とも呼んだ。

なお注意すべきは、同じ立場にある女性の場合に“Businesswoman”(ビジネスウーマン)という呼称が用いられるが、海外では米語スラングで街頭の娼婦をこう呼ぶケースがある他、性別を強調している事から性差別と取られかねないとされる。

性差を含まない呼称としては、英語では“Business person”や“Business people”というものがあり、日本でも性差に捉われず、また雇用機会均等法の改訂や、女性の社会進出などで社会の意識変化が起こりビジネスパーソンが使われる(ポリティカル・コレクトネス)。

日本における同語の扱いは、ホワイトカラー労働者のうち、海外貿易の場で活躍する人を指すという用語法もあるが、1970年代以降、日本の純債権国化、金融自由化に伴い、シンジケートローンを嚆矢として、証券・外国為替取引を経て、M&Aなど会社そのものを取引対象とする投資銀行業務など、金融業に従事する者に対してより使用されることとなった。そもそも貿易業務は歴史的に見て金融業の発達を受けて発展してきたものであり、(貿易金融におけるコルレス契約を元として、為替業務、証券業務などは遠隔地における決済のリスクを軽減させるために発展してきた。損害保険についてもリスクヘッジ目的である。先物などデリバティブについてもリスクヘッジのために考案された。)貿易業務のあるところには必ず、金融業が介在する。また1980年代頃までは、いわゆる「総合商社」におけるホワイトカラーは高収入の代名詞であったが、バブル崩壊以後、総合商社の再編、リストラ(兼松の実質的なダウンサイジング、専門商社化。日商岩井、ニチメンの統合による双日の発足など)を経て彼らの給与は伸び悩んだ一方、MBAを取得し金融工学を駆使して世界各国のマーケットで巨大なディールを行う、外資系を中心とした金融業に携わる者が巨額の給与を得たことで、「ビジネスマン」像も変わっていった。

なお労働の対価が他の労働者と比較して大きな格差の見られない訪問販売の営業マンや小売店の店頭販売員はこれら「ビジネスマン」と呼ばれることは少ない。

経緯 [編集]
特に戦後(戦後以前は必ずしもそうではない)、日本はいわゆる加工貿易立国の産業構造を形成し、かかる対外貿易に商社が関与していた一方、非産業目的の日本人海外渡航は制限され、また外貨持ち出しが厳しく制限されていたこともあり、海外渡航、駐在が業務上多い、商社マンは大学生の就職希望先として非常な人気を集めており、「サラリーマン」ではなく「ビジネスマン」という呼称が用いられだしたのではないかと考えられている。また次第に、企業間の大口契約を取りまとめる営業職にある人もビジネスマンと呼ぶ(または自称する)ようになった。

今日では更に広く、ビジネスに全体的に関わる人員を指してこう呼ぶが、「ビジネス」という語自体が日本語の語彙にはない曖昧な概念を含んでいるところもあり、しばしば拡張・転用された用法もみられる。一部には大金を扱っている事を指してビジネスマンと呼称(または自称)するケースも見られ、詐欺師が在る種の誇張表現としてこのように自称する場合もあると云われている。

どんどん橋 バンケット ドラント カステラ セルフ ターン トーチカ ピアサポタ リーバス クロラール キッチ かほく ビジター スピカ 大地の景色 モンゴル 真昼の月日 ドス上位 オーバリ マグネ クロマト モンタント やんぐこ セレス カウハイド ハナショ たそがれ フカロッ ヒノキ ベット カリス マニキ こちんだ バイサイド ラフ アウト タイガー キュラ やまびこ ブーム 大冒険 スケット トランス ハーレム クライ ジンマカオ バック ロスマリン キレイ モアイ


2009年03月21日

山陽本線の全線電化

東海道新幹線開業 [編集]
1964年(昭和39年)10月 この月の1日に東海道新幹線が開業し、それに伴って山陽本線には「新幹線との連絡輸送」という新しい使命が生まれた。同時に山陽本線の全線電化も完成したことに伴い、ダイヤ改正が実施された。
特急列車
「つばめ」・「はと」 新大阪駅?博多駅間 各1往復 新設
「しおじ」 新大阪駅?下関駅間 新設
この3列車は、151系電車を使用して設定され、「つばめ」・「はと」は、東海道特急から「東海道新幹線の連絡列車」として生まれ変わった。しかしながら東京駅?広島駅間運転時代の「つばめ」もそうであったが、前述した「瀬野八」の急勾配を151系では出力不足のため自力で登る事ができず、特急といえども153系・80系を使用した急行・準急同様、この区間の上り列車においてはEF61形などの補機の世話になる事になった。また「つばめ」・「はと」は交流電化の九州区間にも乗り入れたが、151系は直流電化区間用の車両であるため、この区間では交流用電気機関車に牽引されて走行する事になった。前者の問題は151系の出力を向上させた181系電車に改造される1966年(昭和41年)8月まで、後者の問題は交直流電車であり、出力も151系電車より大きく、瀬野八の補機連結を不要にした481系電車に置換えられる1965年(昭和40年)10月まで続いた。
他には、
「みどり」が運転区間を新大阪駅?熊本駅・大分駅間(小倉駅まで併結)に変更。
「みずほ」の大分駅発着編成を分離し、「富士」が東京駅?大分駅間で運転開始。
急行列車
「しろやま」・「音戸」が新大阪駅始発となる。
「筑紫」・「ぶんご」は廃止。
「宮島」は再び大阪駅?広島駅間となる。
大阪駅?博多駅間に「つくし」新設。 昼行客車。
大阪駅?下関駅間に「関門」新設。 153系電車使用。
1965年(昭和40年)3月 「やしろ」は80系電車化され、同時に岡山駅?下関駅間運転となった。
1965年10月 新幹線の本格稼動(東京?大阪間の所要時間を、当初の4時間から計画通りの3時間10分にする)を翌月に控え、全国規模のダイヤ改正がこの時行われた。鹿児島本線熊本駅まで電化も完成していたため、山陽本線では前年に続き、大規模な変動があった。
特急列車
「つばめ」 名古屋駅?熊本駅 481系電車
「はと」 新大阪駅?博多駅 481系電車
「しおじ」 2往復に増発。
「しおかぜ」(2往復) 新大阪駅?広島駅 181系電車 新設
「いそかぜ」 大阪駅?宮崎駅 82系気動車 新設
「あかつき」 新大阪駅?長崎駅・西鹿児島駅 20系寝台列車 新設
「富士」は東京駅?西鹿児島駅(日豊本線経由)となり、日本最長距離運転の特急列車となる。
「さくら」は運転区間を東京駅?長崎駅・佐世保駅間に変更。
「かもめ」は運転区間を京都駅?西鹿児島駅・長崎駅間に変更。
「みどり」は運転区間を新大阪駅?大分駅・佐世保駅(筑豊本線経由)間に変更。
急行列車
「海星」 新大阪駅?博多駅 寝台列車 新設
「夕月」 新大阪駅?宮崎駅 寝台列車 新設
「有明」 岡山駅?熊本駅…「山陽」を区間延長し475系電車化。
「山陽」 広島駅?博多駅…準急「長門」を格上げして区間延長し475系電車化。
「みずしま」 岡山駅?下関駅…準急「やしろ」を格上げ。
しかしながら「みずしま」の停車駅は準急時代とさして変わらず、“単なる料金値上げ”だと揶揄された。
「青島」 広島駅・門司港駅?西鹿児島駅(日豊本線経由)
…「べっぷ」と「にちりん」(博多駅・門司港駅?西鹿児島駅間)を統合。
「関門」は2往復に増発。(増発分の運転開始は12月)
「つくし」は、475系電車化し、2往復に増発。(1往復の下関駅?博多駅間の運転開始は12月)
「宮島」は1往復に削減。
「さつま」が系統分割されて、名古屋駅?博多駅間の電車急行「はやとも」、門司港駅?鹿児島駅間の夜行急行「はやと」となる。
準急列車
「やしろ」が改めて広島駅?下関駅間の列車として2往復新設され、その代わりに「周防」が1往復削減される。
1966年(昭和41年)3月 国鉄の制度改正により、運転距離が100kmを超える準急列車はすべて急行列車に格上げされる。
「吉備」・「にしき」・「とも」・「やしろ」・「周防」・「ななうら」といった山陽本線の準急列車はすべて急行列車となる。
「出島」の運転区間を呉駅?長崎駅・佐世保駅に変更。
修学旅行列車「わこうど」の季節間合いを使用して、東京駅?下関駅間に不定期急行「長州」新設。
1966年10月 下りの「とも」・「やしろ」1本ずつを統合して「みずしま」としたため、「とも」・「やしろ」は下り1本・上り2本、「みずしま」は下り2本・上り1本となる。
1967年(昭和42年)10月 日豊本線が幸崎駅まで電化
新大阪駅?博多駅間の寝台急行「海星」を格上げし、世界初の電車寝台列車となる「月光」が運転を開始。車両は新規に開発された581系電車を使用し、ここから581系と翌年に登場した改良型である583系電車は「月光型電車」と呼ばれるようになった。
「みどり」は新大阪駅?大分駅間の電車特急(581系使用)となり、佐世保駅発着編成(筑豊本線経由)は大阪駅?宮崎駅間運行の気動車特急「いそかぜ」に連結されることとなった。
「有明」は九州内に新設される事になった特急列車の名に転じ、岡山駅?熊本駅間急行は「しらぬい」と改称。
それまでの観光団体専用列車を普通急行列車に転換する形で、東京駅?長崎駅・大分駅間に不定期の急行列車「五島」・「くにさき」(門司駅まで併結)を新設。
1968年(昭和43年)10月 「ヨン・サン・トオ」と後に呼ばれる事になる、「サン・ロク・トオ」と並ぶほどの大規模なダイヤ改正が行われ、特急・急行が増発される。また、列車愛称の整理と準急種別の廃止もこの時行われた。山陽本線においてもこのダイヤ改正の影響は大きく、下記のような変化があったほか、各列車とも従来より1時間前後の運転時間短縮が行われた。なおこの時から、「不定期列車」は「季節列車」と呼ばれるようになった。
定期特急
新設列車
「なは」 大阪駅?西鹿児島駅 気動車 (「かもめ」の西鹿児島編成を改称)
「日向」 大阪駅?宮崎駅 気動車(「いそかぜ」の宮崎編成を改称。小倉駅まで「なは」と併結)
「金星」 名古屋駅?博多駅 電車寝台 (583系を使用)
「明星」 新大阪駅?熊本駅 電車寝台 (同上。寝台急行「ひのくに」を格上げ)
「彗星」 新大阪駅?宮崎駅 客車寝台
増発列車
「はと」 1往復→定期1往復・季節1往復
「しおじ」 2往復→3往復(新大阪駅?広島駅(「しおかぜ」を統合)、下関駅)
「あさかぜ」 1往復→2往復
「月光」 1往復→2往復
「あかつき」 1往復→2往復(新大阪駅?西鹿児島駅・長崎駅、西鹿児島駅・佐世保駅)
その他
「かもめ」 京都駅?長崎駅・佐世保駅(「いそかぜ」の佐世保編成を改称。筑豊本線経由)間に運転区間を変更。
「はやぶさ」 東京駅?西鹿児島駅・長崎駅間に運転区間を変更。
「つばめ」「はと」は583系に、「みどり」は481系に使用車両を変更。
廃止列車
「しおかぜ」・「いそかぜ」
定期急行
新設列車
「玄海」 名古屋駅?博多駅 475系電車 (「はやとも」を改称)
「ながと」(2往復) 新大阪駅?下関駅 153,165系電車 (「関門」を改称)
「とも」(3往復。他に1往復季節列車あり) 新大阪駅・大阪駅?三原駅 153系電車 (「びんご」を改称)
「山陽」(3往復) 岡山駅?広島駅・下関駅 153,165系電車 (「みずしま」・「とも(旧)」を統合)
「はやとも」 広島駅?博多駅 475系電車 (「山陽」を改称)
「日南」(2往復) 京都駅?都城駅・大阪駅?宮崎駅 客車寝台 (「日向」・「夕月」を統合)
「雲仙」 京都駅?長崎駅 客車寝台 (「玄海」を改称)
「西海」 大阪駅?佐世保駅(他に1往復季節列車あり) 客車寝台 (「平戸」を改称)
増発列車
「つくし」 2往復→定期2往復(1往復夜行)・不定期1往復
「音戸」 1往復→2往復(新大阪駅?下関駅、京都駅?広島駅(「ななうら」を改称)。呉線経由)
「吉備」 1往復→2往復(岡山駅?広島駅、岩国駅(「にしき」を改称)。呉線経由)
廃止列車
「ひのくに」・「平戸」・「夕月」・「日向」・「関門」・「ななうら」・「びんご」・「にしき」・「みずしま」・「周防」
※「周防」は、類似時間帯を走る「しろやま」に吸収される。
季節急行
新設列車
「ながさき」 東京駅?長崎駅 客車寝台
「べっぷ」 新大阪駅?大分駅(3往復。内1往復は、小倉駅まで季節「つくし」と併結)
廃止列車
「五島」・「くにさき」
※「五島」はこの後、1980年頃まで名古屋駅?長崎駅間にて多客期の季節急行列車として運行された。
1969年(昭和44年)5月 等級制度が廃止され、それまでの一等車はグリーン車、一等寝台車はA寝台車となり、二等車・二等寝台車はそれぞれ普通車・B寝台車となった。
1969年10月 以下のように変更。
「はと」は、不定期1往復を定期に格上げして2往復となる。
「しおじ」は、4往復に増発。
「明星」は不定期(週1本運休の他は毎日運行)1往復が新設。
「とも」のうち1往復を赤穂線経由に変更。
1970年(昭和45年)10月 鹿児島本線全線、呉線電化完成。ダイヤ改正。
「しおじ」5往復、「あさかぜ」3往復、「明星」2往復に増発。
「安芸」は、山陽本線経由となった上で下関駅まで延長され、「あさかぜ」格上げされて廃止。
京都駅?西鹿児島駅間に583系電車の寝台特急「きりしま」新設。東京駅?西鹿児島駅間の「霧島」は「桜島」と改称。
シンビジ 検索ゆに 日光街道 熱帯魚 パース サーチ秀月 サンバ しべつ ジギタリ ドロス 章姫 ひまわり 風の森 リミング フラメンコ オライタイ トロイ オスロ バルバ バハマ タイリン 透明人間 アルコ いとの キーワ ランチドポ ハイフ 未来の果実 テイステ 若菜摘 コリーナ マントル ぼうし チャレン いながき マナウス ブイシネマ ネイショ プロ うすき ブリュッセ リコソウ プレメイ ウォーム よりどころ 流星 メリー たくぼ ひない クロス

「宮島」が呉線経由となる。
「吉備」1往復が山陽本線経由となり「山陽」に編入。「吉備」1往復(電車化)、「山陽」4往復となる。
赤穂線経由の「とも」を大阪駅?呉駅間に運転区間を延長し電車急行「安芸」(新)を設定。
季節急行「ながさき」は、東京駅?新大阪駅間の運行を廃止して「雲仙」に統合し消滅。

2009年03月06日

南部戦線 1778年-1781年

独立戦争の最初の3年間というものは、主戦場がアメリカの北部に限られていた。フランスが参戦してからのイギリスは、王党派が多いと思われる南部に目を向けて、王党派の支援を得られればそこを支配できると目論んだ。南部に注力することはイギリス海軍をカリブ海に近く配置させることができ、フランスとスペインの連合軍の脅威を受けているカリブ海植民地を守りやすくするという利点もあった。

1778年12月29日、ニューヨークから転進したクリントンの遠征隊がジョージアのサバンナを占領した。クリントンは続いてサウスカロライナのチャールストンを包囲し、1780年5月2日に陥落させた。クリントンは比較的少ない損失で南部最大の都市と港湾を確保し、南部制圧への道を切り開いた。

南部の大陸軍はチャールストンで5,000名におよぶ戦力が降伏したために崩壊状態となり、残った兵力はバナスター・タールトン中佐の追撃をうけ、1780年5月29日のワックスホーの虐殺でまた新たな損失を蒙った。大陸軍は組織だった作戦行動をできなくなったが、それでもフランシス・マリオンなどのパルチザンによって抗戦が続けられた。コーンウォリスがイギリス軍の指揮官となり、一方大陸軍は北部からホレイショ・ゲイツを送って南部方面軍の指揮官とした。しかし1780年8月16日、ゲイツはキャムデンの戦いで大陸軍始まって以来の大敗を喫し、コーンウォリスにノースカロライナに進軍する道を与えてしまった。

しかし、コーンウォリスにも事態が変わり始めた。10月7日、キングスマウンテンの戦いで彼の一翼を担っていた部隊が完敗した。この戦いは王党派民兵と愛国派民兵の戦いだった。タールトンの部隊も1781年1月17日、大陸軍のダニエル・モーガン将軍とのカウペンスの戦いで決定的な敗北を喫した。

ゲイツの後を継いだナサニエル・グリーン将軍は一連の戦いでイギリス軍を消耗させる戦略に出た。それぞれの戦いはイギリス軍の戦術的勝利になったが、戦略的には得る物がほとんど無かった。グリーンは後に有名となるモットー「戦い、撃たれ、立ち上がり、また戦う(We fight, get beat, rise, and fight again.)」で部隊を鼓舞した。コーンウォリスはグリーンの軍隊を打ち破ることもできないままに、北のバージニアへの進軍を決めた。
ビーシ イズミル サイド トレハ シェブロ マイラー ホウオウ マドレーヌ マルチビ チャー ピナクル マックス エデン 恋のラジオ 桔梗ナビ 桜桃 セリ対策 テナント メンタル スペー パワー あぴお スタート ジョイ ナビゲ レバー支援 トルマン アポク オフライ フォートラン まっち レンゲ ブラウザー ビネガ ナイト テオプ ふぁんでる ヨットパ まぜり タイザー チケット サラシア 秋の夕暮れ ジンギ スタンス ロールフ えせん バック オイディ コスト

1781年3月、ワシントン将軍はラファイエットをバージニア防衛のために派遣した。若きフランス将校は3,200名を指揮していたが、この地のコーンウォリスが指揮するイギリス軍は補強されて7,200名になっていた。ラファイエットはコーンウォリスと小競り合いを演じたが、援軍を待つ間は決戦を避けていた。コーンウォリスはラファイエットを捕捉することができず、7月にイギリス海軍と連携を取ってニューヨークへ戻る道を切り開くためヨークタウンに軍を進めた。

2009年02月14日

Tears to Tiara

『うたわれるもの』と同様にアドベンチャーゲーム部とシミュレーションRPG部を交互に繰り返す形式でゲーム。ただし、こちらは打って変わって西洋風ファンタジーの趣を見せている。シミュレーションパートは半リアルタイム進行であり、『うたわれるもの』より『アルルゥとあそぼ!!』に収録された「グエンディーナの魔女」のシステムを受け継いでいると言える。
ユーティ つくだ ジャー まんご アンプ マガジン マッコリ だいせん センダン チコリー ノアアク フェイント ホーム フロッタ マリ幸運 ナンヨウ ジブル おれが オーシャ ディフェ メッシュ ナツユ ふくべそ しもごう ギャルド リング リビア キウイフル ローティー ニュース ニアピン モーター ジュアル マイナー ガント ビーム ツーリズム レクラニ ハイフ センサ メチエ バイパス クール おたる ビリー ジャンプ トロール モホス プチトマト はかま

アロウン(Arawn) 声優:小次郎
このゲームの主人公。真の名前はルキフェル。アルサルとリアンノンの遠い祖先である妖精王・プィルの親友であったが、深い眠りについている間に伝説が変わり、魔王として祭り上げられていた。復活後に成り行きからリアンノンの夫となったためゲール族の長となり一族を導くこととなる。目覚めて早々、リアンノンを皮切りに本人の意図しない形で次々と女性関係に恵まれる。名前の由来はケルト神話の妖精の国・アンヌンの王・アラウン。
神界において絶対神・ウァトスに従える使徒「白の精霊/12精霊」の13番目に誕生した使徒であるが、存在してはならない数字「忌数」な為に他の使徒達から疎まれていた。義父であり唯一信頼していた使徒・ミルディンが少女・プリムラを助けた為に消滅した為、空席を埋める形で12番目の使徒になったが他の使徒達によりプリムラは心を失っており、今まで「黄金の時代」「白銀の時代」において自分達が創りだした生命をないがしろにしていた為、憤慨したアロウンは使徒達への反旗を翻し地上に堕ちる事を決意。
アルサル(Arthur) 声優:西島古都夫
ゲール族の一の戦士。リアンノンの兄でかなりの兄馬鹿。妖精王・プィルの末裔であるが、長い歴史の間に辺境・エリン島の一部族の戦士となっていた。意外なことに家付き妖精顔負けの裁縫の腕前を持つが妹限定でしか発揮されずリアンノンの鍋つかみに衣装から下着まですべて彼のお手製。名前の由来はアーサーのウェールズ語読み。
リアンノン(Riannon) 声優:籐野らん(スペシャルコメントの「藤野らん」は誤記か?)
ゲール族の女の子で、族長の代理をしている。真の名はプリムラ。生まれ持った予知能力で宣託の巫女と呼ばれていたが、その名前がドルウクをも呼び寄せてしまう。ドルウクに心を封じられ魔王復活のいけにえにされていたところをアロウンに救われ半ば強引に妻となる。その後アロウンには邪険にされながらも妻として一途に尽くす。モチーフはケルト神話のアラウンの盟友・プイス(プゥィール)の妻であるリアンノン。
尚、前世はミルディンとアロウンに救われ、後にプィルの妻となったプリムラである。
モルガン(Morgan) 声優:富永理恵
ゲール族の女戦士。部族内ではアルサルに次ぐ実力の持ち主。猪突猛進・大喰らい・ウワバミと三拍子揃った超自然児。しきたりに従い自らの失態を死を持って償おうとしたところをアロウンに族長の権限を持って身元を引き受けられたことにより妻2号となる。名前の由来はモーガン(アーサー王の異父姉)のウェールズ語読み。
オクタヴィア(Octavia) 声優:今井かおる
神聖帝国の女戦士。かつては裕福な身分であったが、家が没落し戦場に出ている。味方の裏切りにより縛られ箱詰めにされていたところをアロウンに発見され、さらにその現場をアルサルに目撃されたために箱ごとアロウンの寝室に運ばれてしまう。その夜いったんは開放されるがアロウンの不用意な引き止め方が求婚に当たる行為だったためそのままアロウンの妻に加わる。名前の由来はオクタヴィアヌスから来ていると思われる。
オガム(Ogam) 声優:厳蝉秋
アロウンに付き従う参謀役の老人。竜族の生き残りの1人でアロウンが深い眠りに着く前から面識があり、アロウン不在の時は軍を任されるほど信頼されている。名前の由来はオガム文字を作ったとされる言語と知識の神・オグマ。
「黄金の時代」の種族「ドラゴン」の神官であり、劇中の大陸の神殿に来ていた際、母国が「白の精霊」による隕石落下の為に滅び(白の精霊による実験みたいなものである)ミルディンに従者となり、共にアヴァロン等の神々と戦う準備をし後にアロウンと共に地上に降り立ち「神の大隊」と戦った。
タリエシン(Taliesin) 声優:鷹取玲
ブリガンテス族の吟遊詩人。妖精王・プィルの傍流で、アルサルやリアンノンの遠い親戚に当たる。飄々とした性格で、妖精族に強い興味を持っている。名前の由来はアーサー王と関連があるとも言われる7世紀のウェールズの吟遊詩人・タリエシンか。

妖精族
リムリス(Limwris) 声優:木村あやか
家付き妖精という、家事を専門とする妖精の1人。家事全般をそつなくこなす。穏やかな性格で趣味のお菓子やお茶を皆に振舞う。
エルミン(Ermin) 声優:秋月まい
家付き妖精の1人で、眼鏡をかけている。幼い外見と同様に家付き妖精としては未熟。かつて妖精族のために戦ったアロウンを尊敬している。
スィール(Llyr) 声優:高奈ゆか
アザラシ妖精という、水辺の妖精。オドオドした性格で何をやっても裏目に出てしまうので、自らを幸薄い存在だと思っている。名前の由来は海神・シール(Llyr)。
ラスティ(Rathty) 声優:岬ゆうか
半ズボンをはいている鉱山妖精。「金物屋」という名前の武器屋(?)を営んでいて大きなハンマーで武器などを作っている。頭の上にかけているメガネをかけると・・・。
エポナ(Epona) 声優:ほくとゆりあ
行商をしている妖精で、ド根性で有名な近江商人にも負けないド根性商人である。道具屋「良い人たち(グッド・ピープルズ)」を経営している。名前の由来はケルト神話の馬の女神・エポナ。

神聖帝国
ドルウク(Drwc) 声優:おくりした
世界の王になる野望を抱いた帝国の司教。自らの野望のためにアロウン復活を企み、その為の生贄としてリアンノンを利用しようとした。
ガイウス(Gaius) 声優:あきれすけん
帝国の将軍。アルビオン島及びエリン島の部族の宣撫のために神聖帝国の本国から派遣された。豪放磊落な性格であるが戦争時には非情な一面も見せる。名前の由来はガイウス・ユリウス・カエサルから来ていると思われる。
クレオン(Creon) 声優:くじらよしかず
アルビオン島にある帝国直轄の交易都市・ロンディニウムの市長。町人からのし上がって市長になったというが・・・。

ミルディン(Myrddin) 声優:こがたなまん
アロウンの養父。名前の由来はマーリン(アーサー王の宮廷魔術師)のウェールズ語読み。

2009年01月27日

デハビランド ベノム

デハビランド ベノム(ヴェノムとも) (de Havilland DH.112 Venom) とはイギリスの航空機メーカー、デハビランド社で開発され世界各国で使用されたジェット戦闘機である。
”Venom”とは「毒液」もしくは「悪意」の意味である

ベノムはデハヴィラント社の前作、デハビランド バンパイアの戦闘爆撃機型の性能向上型として開発が開始された機体で、当初はバンパイア FB.8と呼ばれていた。しかし、機体各部を再設計、改良し変更点が多くなったため、開発途中からベノムと改名された。バンパイアの双ブーム形式の胴体を継承しつつ、性能向上のためエンジンをロールス・ロイス ゴブリンエンジンからより強力なロールス・ロイス ゴーストエンジンに換装し、主翼はバンパイアが純然たる直線翼であったのに対し、ベノムは前縁になだらかな後退(後退角は17度)のかかった主翼となった。また翼端には増槽を搭載し、航続距離の延長を図った。

試作機は1949年9月2日に初飛行しバンパイアに比し100 km/h以上の速度向上を示したためイギリス空軍に採用され、1952年から部隊配備が開始された。運動性と上昇性能に優れ、機体強度も高かったため、バンパイアに代わる戦闘爆撃機として使用された。あくまでも本格的な後退翼機が就役するまでの繋ぎとしての性格の機体だったが、後継となるホーカー ハンターの就役が遅れたため、イギリス空軍では1962年まで本機を使用した。

1950年、フランスによってアメリカのF-84 (戦闘機)サンダージェットと併せてNATO標準戦闘機とする案が提唱され、イギリスの主導の下イギリス、フランス、イタリアの各国で2000機以上を生産する計画が建てられた。しかし、第2次世界大戦終結後間もないイギリスにはそれだけの生産計画を主導する工業力がなく、計画は実行の目処が立たなかったために実現せずに終わった。

NATO標準戦闘機計画は頓挫したものの、イギリス空軍以外にも、バンパイアを使用していた各国に後継機として採用され、各型計1,100機以上が生産された。この他スイスでは、2つの型がライセンス生産された。
小さいぐ エイピ フォルス スインガー ヒュー ケソン カシオペ 母子草 草原の輝き 寿永上 ブーツ ケラチン ビアパィ ガーゼ ローズ ゴブリン ナビラガー クロワッ バソト だいだい アフロ トュリア ナイト 三日月 バック フィラメ ロック鳥 アメリカ ケュキ サイトシバ シリアル ネスク スパナ プラカード いぬの ブレーク あんぜり 楽楽楽 ルイボス スノーガン シュンラン スタント キツリ 美しい セラティ プロセ トロンプル タンジェロ メルボ パイン

ベノムには、バンパイア同様夜間戦闘機型があった。夜間戦闘機型は機首にレーダーを装備し、コクピットは並列複座になっていた。原型機は1950年8月に初飛行した。最初の夜間戦闘機型であるNF2は1953年から部隊配備が開始されたが、トラブルが多く本格的な配備は1955年になり小数生産で終わった。続いてレーダーを高性能のものに換装し機体各部を改良したNF3が1955年から配備されたが、1957年にはグロスター ジャベリンと交替して退役した。

シーベノム
デハビランド シーベノムイギリス海軍では艦上戦闘爆撃機としてはベノムを採用しなかったが、艦上全天候戦闘機型をシーベノム (Sea Venom) として採用した。この機体はベノム NF.2を基に開発が進められた。機首には大型レーダーを搭載し、レーダー操作員を搭乗させるため並列複座コックピットを採用していた。また空母上での運用のため、主翼の動力折りたたみ機構や着艦フックが採用され、機体構造が強化されていた。1951年9月からテストが開始され、1954年3月から部隊配備が行われた。1961年まで部隊で使用され、各型合計259機が生産された。この他フランスのシュド・エスト社でライセンス生産されている。

運用国
ベノム採用国
イラク、イタリア、ニュージーランド、スウェーデン、スイス、イギリス、ベネズエラ
シーベノム採用国
オーストラリア、フランス、イギリス

スペック (FB.4)
三面図全幅:12.7m
全長:10.06m
総重量:6,950kg
最大速度:961km/h
航続距離:約1,100km
武装
20 mm イスパノ Mk V 機関砲 × 4門 (150発)
ロケット弾 または 無誘導爆弾